なでしこ新監督の高倉麻子!旦那もなでしこ監督だった!

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この記事の所要時間: 244

今回のなでしこジャパンの五輪出場は絶望的だそうです。
3大会連続で出場だっただけに、残念ですね。
佐々木則夫監督の後任は、高倉麻子監督と言われています。

高倉麻子三と言えば、澤選手が尊敬しているという人物ですね。
なんと高倉さんの旦那様もかつてなでしこジャパンの監督をされて
ました!
ご夫婦でなでしこジャパンに貢献されてすごいことですね!

関係者によれば

 佐々木監督は昨夏のカナダW杯後、日本協会との契約を今大会まで延長。予選突破なら五輪も指揮を執ることが決まっていたという。日本を世界トップレベルに押し上げた功労者だが、8年以上の長期政権の上、世代交代も遅れたまま。
日本協会・大仁邦弥会長は試合後、残り2試合の指揮を託す方針を明かした上で
「日本の優位性がなくなった。(世代交代が失敗かと問われ)結果的にはそういうことになる。こっちは先発平均で27歳、相手は24歳。日本は古いチーム。若いチームにしていかないと」と厳しく指摘した。

今回の敗因の原因はチームの高齢化のようですね。

高倉麻子監督の経歴

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年齢:47歳
生年月日:1968年4月19日
出身:福島県福島市
身長:163㎝
ポジション:MF
利き足:右足
中学クラブ:FCジンナン
高校:福島成蹊女子高
大学:和光大学
その後、読売日本サッカークラブ・ベレーザ(現日テレ・ベレーザ)に入団1989年の第1回日本女子サッカーリーグ( 現なでしこリーグ)で初得点をあげている。
日本女子代表にも選出。
FIFA女子世界選手権1991年と1995年の2大会に出場。
第2回スウェーデン大会ではベスト8まで勝ち進んだ。
1996年にはアトランタオリンピックにも出場した。
1999年6月に松下電器女子サッカー部バンビーナへ移籍。
アメリカのシリコンバレー・レッドデビルズ (Silicon Valley Red Devils) に入団するが、ケガのため半年で帰国。
バンビーナから名称を変えたスペランツァF.C.高槻に復帰した。
2004年シーズン終了後に現役を引退。

華々しい経歴の持ち主でした。

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旦那さんの竹本一彦の経歴

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1955年11月22日生まれ
1980年に読売サッカークラブ(現在の東京ヴェルディ)にユースコーチとして入団。
1986年から11年間女子チームの読売西友ベレーザ(現在の日テレ・ベレーザ)監督
1984年から1986年までは日本女子代表のコーチも務めている。
1999年から2004年までガンバ大阪
2005年は柏レイソルのコーチを務める
2001年と2005年はシーズン途中から監督を務めた。
柏での監督代行は天皇杯全日本サッカー選手権大会の1試合だけだったが、天皇杯終了後、ゼネラルマネージャー(GM)に就任した。
妻は、元日本女子代表の高倉麻子
1955年 愛知県出身
早稲田大学卒
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澤選手の憧れの選手だった高倉麻子監督
澤選手が読売ベレーザに入団したときに、練習についていけず
毎日泣いていた時に、手を差し伸べてくれたのが高倉さんだったそうです。
そのころから、監督にふさわしいお方だったようです。

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