倉嶋厚の結婚や妻や子供について!経歴やうつ病の過去も調査!

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この記事の所要時間: 251

こんばんは
お茶の間の人気気象キャスターだった
倉嶋厚さんの訃報が入ってきましたね。

昔NHKのニュースセンター9時で
分かりやすく優しくお天気を解説してくれてた
ことを思い出しますね。

倉嶋さんの天気の解説は小さい頃の私に
お天気の面白さを教えてくれた気がします。

倉嶋厚さんの
結婚や奥様のことやおこさんのこと。

うつ病を患っておられたことも
ありましたので
どのようにして克服されたか。

経歴などなど。

今日はそんな倉嶋厚さんに
フォーカスしてみたいと思います。

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倉嶋厚の経歴

名前   :倉嶋厚(くらしまあつし)
生まれ  :1924年1月
享年   :93歳
出身   :長野県

家業は出版社を経営されてました。

昭和24年に中央気象台付属気象技術官養成所(現気象大学校)を卒業します。

気象庁で主任予報官や札幌気象台予報課長、
鹿児島気象台長などを歴任。

気象庁では重要なポストで活躍されました。

気象庁を定年視した後
NHKから声がかります。

60歳を超えてNHKの解説委員となり、
ニュース番組の気象キャスターとして有名人
となりました。

倉嶋さんが「お天気キャスター」という
地位を初めて築かれました。

倉嶋さんがNHKでキャスターをされていなかった
どうなってたんでしょうね。

「熱帯夜」という言葉をつくったのも
倉嶋さんだど言われています。

現在はフリーの気象キャスターをしながら
エッセイストとして活動されてたそうです。

平成23年(2011)日本気象学会名誉会員に
推薦されました。

またエッセイストとしても活躍され
沢山の著書も残されました。

「暮らしの気象学」(草思社)
「やまない雨はない~妻の死、うつ病、それから…」(文芸春秋)
「癒しの季節ノート」(幻冬舎)など。

主な著書だけで50冊以上あります。

結婚や妻や子供について!

倉嶋厚さんは奥様をとても愛しておられました。

奥様も中央気象台勤務でした。

しかし日本共産党員とその支持者にたいする無法・不当な解雇により職を辞したそうです。

1992年奥様はC型肝炎を患います。
そして胆管細胞がんとなり
入院24日後に亡くなられました。

その後「後を追いたい」という衝動、
それと「後悔の涙」の連続で
とうとう精神神経科に入院してしまったそうです。

二人にはお子さんはいらっしゃらな方そうです。

うつ病の過去

奥様が急逝されて生きる気力を失った倉嶋さん。

食べても味がなくなり、
気がついたら体重が16キロ
も減少していました。

失禁することもあり、

つねに自殺願望を持っていたそうです。

お手伝いさんの勧めで入院することにしました。

全てを病院にお任せしてしっかり養生され
日に日に回復に向かったそうです。

倉嶋さんは回復のきっかけは
信頼できる医者の指導のもと、言われた薬を必ず飲むこと
だと語ってました。

うつ病の体験は
多くのエッセイに残されています。

私たちに多くのことを残してくださった
倉嶋厚さん。

ご冥福をお祈りいたします。

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